今年は4月にニッカの仙台蒸留所、6月にサントリーの山崎蒸留所来訪と、蒸留所来訪づくしです。そんななか、さらに今月頭に余市蒸留所来訪をかねて北海道に行って来てしまいました。これでニッカの蒸留所は全て制覇(と言ってもふたつしかないんですが)、さらにサントリーの白州蒸溜所に行ってしまえば、主立った国内のウィスキー蒸留所は全て回ってしまったことになります。
今回の旅行は会社をわざわざ一日休む上に金額もそこそこかかるので、今までのように行き当たりばったり日程はさすがに止めました。しかし、あらかじめ旅行メンバー間で徹底的に計画を立てたいと思っても、みんな仕事で忙しくて会って議論するのが難しいため、コラボレーションツールである Wiki *1 を駆使して一ヶ月弱かけて宿の決定から、食事をする飲食店、飛行機や鉄道の経路決めおよびダイヤまでをこと細かに組み上げました。う~ん、ナナロク世代。
Wiki での議論は予算と価格調査、グルメ情報の選別はもちろん、現地の鉄道ガイドや搭乗する航空機の解説にまで及び、かなり白熱した議論(?)が展開されました。ここまで綿密な計画があれば、今回の北海道旅行はさぞや充実した旅行となるであろう!! …はずでした。
出発前は折しも台風 9 号の影響で首都圏の交通機関が麻痺しまくり、当日の羽田空港は既に台風一過ですが目的地の新千歳空港が暴風圏内の予報でした。この辺りの対策も出発直前まで Wiki 上で議論され、飛行機が遅れた場合は日程のどれを削るか、函館本線が天災でやられた場合は室蘭本線回りの 400km 鈍行の旅(石丸風)、レンタカーのワンウェイ借りによる車での移動、エアーニッポンのプロペラ機による札幌丘珠空港→函館空港路線を利用する等の代替案が次々に提案され、ツーリスト会社顔負けの災害対策です。
この辺の対策案を使わざるを得なくなるかは当日にまでなってみないと分からないので、羽田空港の運行情報を当日見るまでドキドキでした。いざ羽田空港に来て情報を見ると!!、予定していた便は何とか飛ぶそうです。…しかし機材繰りの関係で 30 分遅れ。まぁこれくらいだったら何とか挽回出来るでしょう。
搭乗した飛行機はANA の B747-400。ドア付近にある多数のクラック(亀裂)とその補修跡が機体の古さを物語っていました。あと何年使われるのか、そのうち効率の良い 777 に置き換えられて乗れなくなってしまう日もそう遠くないのかも知れませんね。ちなみに写真は 747 ではありません(笑)。フライトが遅れるということで、空いているスポットで余裕こきながら撮った風景ですが、その後他スポットまでは搭乗開始案内が聞こえないことが分かり、慌てて移動しました(笑)
その後 30 分遅れで新千歳空港に降り立ちましたが、全然暑いじゃないですか。一応長袖の準備はあったのですが旅行中は全く使わず、ずっと半袖でした。JR 新千歳空港駅より快速エアポート小樽行きに乗り込み、いざ小樽へ。
台風が過ぎ去った直後(?)のせいか、石狩湾の車窓はあいにくの曇り空。まぁ北の海はこれくらいの方がちょうど良いですか…。
小樽駅で下車し、余市行きのバスに乗り換えます。小樽より先は極端にダイヤが薄くなるのでバスの方が便がいいのです。この辺も Wiki で議論済み。このときは既に曇り空から青空が見えるようになってきており、バスの車窓から見る石狩湾は綺麗でした。
そしていよいよ余市駅バス停で下車。おっ、もしやあの遠くに見えるのはキルン塔では!?
近づいていくと、確かにニッカ余市蒸留所はそこにありました。それにしても駅から徒歩5分ありませんし、普通に町中にどーんとあるんですね。何も知らなかったら遊園地か何かに見えます。
ここでは同行の M 氏の行きつけのバーの計らいで、とんでもない接待をして頂きました。受付で名前を告げると、まずスーパー案内係お姉さんの登場です。ポットスチルはどうやって海外から運んできたのとか、ポットスチルの最厚部で銅は何mmくらいあるの?等々、普通の観光客では絶対ふっかけてこないようなマニアックな質問にもてきぱきと答えて頂きました。別にいじめたわけじゃないです(笑)
基本的には仙台蒸留所(宮城峡蒸留所)と一緒なのですが、違いとしては蒸留器のポットスチルが世界でも希少な石炭直火炊き式であること、あとは創業者である竹鶴政孝の私邸が敷地内にあることでしょうか。何かあったらすぐ駆けつけられるようにとのことらしいですが、会社内に社長の家があったら社員はイヤがるのではないでしょうか(笑)。
ポットスチルの注連縄は仙台同様、ここでも健在です。
その後原酒の試飲を交えた、社員の方との歓談もさせて頂きました。ウィスキー製造に関することはもちろん、樽の製造職人のこととか、樽の穴が空いたらその補修は楊枝で刺すだけとか。暇なときは社員全員でピートを掘りに北海道内の社有地に赴く話や、出てきたチェイサーがとっても美味しかったので何か聞いてみたら余市町の町水道だとか! いや~魚もお酒もお水もあるし、老後はここに骨を埋めますか!! あとは北海道新幹線が余市にやってくる話も出ましたね。まだ津軽海峡さえ通っていないというのに、はたして私が生きているうちにさらに北に 300km もある余市まで繋がるんですかね~。もし繋がったらオール新幹線で余市来訪ですね。
2時間近く長話させて頂きましたが、ウィスキーおたくの同行 M 氏もいたく満足したようで、私自身にとっても余市来訪は大満足でした。ちなみに相手の社員の方は休日出勤しての応対をして頂いているので、お酒には一滴も手をつけられませんでした(当然か)。おみやげまで頂いてしまって、恐縮です。どうもありがとうございました。
時間が無くて敷地全部をまわることは出来なかったのですが、最後に写真をいくつか。
サントリーと違ってニッカの蒸留所は敷地内が本当に明光風靡でいいですね。
後ろ髪を引かれつつも、大満足で余市蒸留所を後にし、帰りはバスでなく函館本線を利用することに。ちょうど良く列車がありましたので早速乗車。ディーゼルは久しぶりというか、初めてではないでしょうか。鉄道マニアな同行 O 氏と気動車の液体変速機がうんちゃらとマニア話に花を咲かせつつ、ふたたび小樽駅に到着。寿司食べるぞ~!! 小樽駅の4番線は、小樽にゆかりの深い石原裕次郎にちなんで裕次郎ホームと呼ばれており、裕次郎の曲も流されており異様な雰囲気。
小樽駅下車後すぐにレンタルサイクルを借りて、とりあえず小樽運河へ。同行 M 氏はただの水路じゃないのといっていましたが、確かにそうです。しかし横浜でも山下公園はただの公園、外人墓地もただの墓、中華街も高いだけ。観光地なんてそんな物かと思ってしまいました。いや決して悪いところという訳じゃなく。しかし堺町にある観光客向け商店街(?)はかなり気合い入っていて、若い人向けにかなり良くできていました。なるほど、町おこしというのもこれだけ気合い入れないと駄目なんですなと、感心してしまいました。
そしてメインはお寿司。北海道に田舎がある人にあらかじめ教えて貰っていた、小樽
お寿司自体も職人さんのいい仕事っぷりを堪能させて頂きました。寿司ネタが美味しいのは当然なのですが、なにぶんシャリが美味い!。友人氏が食べた穴子もとても美味かったようですが、私は食べなかったのでちょっと残念。生魚が全く食べられないという同行 O 氏も美味いと感じるくらい美味しかったです。
スコッチ文化研究所 札幌支部であるしぇりーBarにご挨拶がてら、夜の反省会(笑)。その名の通りシェリー *3 ばかり置いてある店ですが、シェリー樽熟成のスコッチウィスキーも置いてあるようです。私自身もあまりシェリーには縁がないのですが、店内に置いてある自家製の冊子にはマスターの手でシェリーについて延々と語られており、シェリーに対する意気込みをひしひしと感じることが出来ました。しかし客層は必ずしもそれを受け止めているとは思えず(そのとき一回こっきりだけでは分からないとはいえ)、ちょっとマスターの情熱が空回り気味になっているようでかわいそうに思ってしまいました。シェリー酒というもの自体の知名度が低いというのもあるのでしょうが、すすきのという場所も悪いのでしょうかね…。とりあえず私は
がセットになっているお試しセットを試したのですが、奥の深さがまだまだ分からず…。しかし今後ともマスターにはシェリー普及にがんばって頂きたいものです。
ニッカ呑みの聖地(?)、すすきのにあるニッカ電飾も目にすることが出来ました。商品にも描かれているこのイラスト、友人 M 氏によれば著名なマスターブレンダーの肖像画だとか…
対面にはライバル企業であるサントリーのネオンも(笑)。
それにしても、すすきののこのネオンに賑やかなところは横浜当たりではお目にかけることは出来ませんね。これもすすきのの名所ではないでしょうか。
そんなこんなで札幌の夜は更けゆきます…
有名なかのウィリアム・S・クラーク像のある羊ヶ丘は札幌市のはずれの羊ヶ丘公園というところにあり、遠いので札幌市内観光からは外してもいいのではという意見もあったのですが、友人氏たっての希望で行くことに。しかしここで大きな誤算があり、展望台までの経路は Google Map で軽く確認した程度で、大体数百メートル歩けば行けるな程度しか調べていませんでした。しかし実際には歩いて通れないところがあったり、展望台自体の位置を間違えてしまい、2km 以上の行程を歩いていく羽目になってしまい、羊ヶ丘に到着した頃にはへとへと…。クラーク博士のお導きが足らなかったようです。
人生においても、もクラーク博士に導かれたいものです…(何のこっちゃ)
羊ヶ丘でへとへとになった後、再びすすきの界隈に戻って今度はジンギスカンです。忙しいったらありゃあしません。しかしまたもや大誤算が! すすきののジンギスカン通り(というのかどうかは知りませんが)の専門店は昼間は全く営業していませんでした!!これは全く想定外!!ちゃちゃ~ん!!
仕方なく地下鉄で札幌まで戻り、駅ビル内の和風料理屋(というか昼からやっている居酒屋)でジンギスカン風の定食にありつくことが出来ました。プラスマイナスゼロではありませんが、なんとか損失は回収出来たといったところでしょうか。羊肉もいいものを使っているらしくて臭みもなく、一緒に出てきたサッポロクラシックと一緒に美味しく頂きました(昼酒…)。このサッポロクラシック、北海道限定のビールなんですが、モルツの甘みに良い香りがオマケされているといった味で美味いです。本州でも売り出してくれませんかねぇ。
ジンギスカンを何とか食した後、スーパー北斗で鉄道による函館までの 320km の大移動です。スーパー北斗の列車は高速でカーブを走るための振り子式列車で、かつディーゼルエンジンで 130km/h の速度で北の大地を駆け抜けます。私自身、気動車(ディーゼル車)というと田舎をトロトロゆっくり走る鉄道というイメージがあるのですが、とにかくこいつのスピードの速さったらありゃしません。ディーゼルエンジンが爆音を放ちながら爆走する様はまさに北の男って感じです!?

130km で走っているときは気分はまさに新幹線状態。そして走っているときの車窓も最高。こういう風景は北海道ならではですね~。日本最長の直線区間なんてもうどうでも良いです(笑)。しばらくしたら海が見えてきて、そのまた向こうに函館を胞する渡島半島が見えてきました。電車窓の片方が凄い汚れているのを奇妙に思っていたのですが、海岸沿いをずっと走っていることからなるほどと思いました。潮のせいなんですね。塩害とか大変なんでしょうねぇ。わたくし飛行機関係のお仕事でオマンマを頂いていますが、海沿いに駐機されている航空機はサビでとんでもないことになります。線材が一年くらいで腐ってしまってダメになります。JR の整備員がボルトが外れねぇ~!!と喚きながらボルトをドリルで掘削している姿が目に浮かびます(職業病)。
そして函館駅に到着。ホームにはこれから津軽海峡を渡る津軽海峡線の特急列車が停車していました。これから海を潜って青森に向かうのでしょう。いつかは私も潜ってみたいものですが、ずっとコンクリの壁で景色はさぞやつまらないのでしょうねぇ(笑) でもいつかは新幹線で通ることもあるのでしょう(前述)が、ここ函館駅は通らないんでしたっけ。
函館駅到着後はそのアシですぐさまレンタカーを確保しに行き、温泉宿に直行しました。あわただしく夕食を食べて(たこしゃぶでした)、あわただしくレンタカーで函館山の麓へ。山頂まではロープウェイで登ります。このロープウェイ、フランスとオーストリアから買ったなかなか凄いやつで、ゴンドラに 126 人乗れる巨大なもの。山岳地帯の多い国ではこういったロープウェイが生活の足ゆえ、ロープウェイも輸送力が問われるみたいです。
そしていよいよ山頂へ。ここの夜景は有名なだけあって、やはり見応えがありますね。遠くに見えるイカ釣り漁船の集魚灯はかつてのオレンジ色ではなく、LED の青白い光でした。これも時代ってやつですね。ちなみに発電用の重油が 1~2割節約出来るらしいです。
いよいよ最終日。この日の朝はホテルのバイキング形式の食事も軽めに摂り、函館朝市へまっしぐら。おみやげを買うのももちろんですが、お目当ては市場内の食堂で食べられる海産物山盛りの、イクラやウニの海鮮丼。とりあえず表通りにあるピカピカの観光客目当ての店は避けようということで、裏通りに入ってひなびた食堂を見つけて入店。そこでウニ丼かイクラ丼かかなり迷いましたが、玉虫色の(?)三色丼を頼みました。こういうところが優柔不断ですかね。大体 ¥2,000 くらいでこれだったら十分だなと満足はしたのですが、同行 M 氏は不満顔。なんでもご飯が海鮮で隠れて見えないくらいのものを期待していたようで、ご飯が隙間から見える自分の丼を見てなるほどと思いました。しかし今回の店は朝市の中でも卸問屋直営の食堂ではなかったので、コスト的に不利なのかも知れませんね(ワールドビジネスサテライト風分析)。次回来ることがあったら、卸直営の食堂に行くことにしましょう。
他にも屋台売りのイカ焼きや焼きウニを食べたりしました。実家のおみやげに蟹やウニを買おうか迷いましたが、丸ごと送られても調理が大変なのと食べ手がいないので迷惑かと思い、無難にホッケを宅急便で送りました。でもやっぱり蟹送れば良かったです。試食させて貰ったのがとても美味しかったので。
摩周丸はかつての青函連絡船の記念館をかねており、中には実際に使われた装備類が展示されています。友人氏の影響でテツになりつつある私個人的にとって、満潮干潮で上下する船の中にどうやって貨車を送り込むのだろうとか、技術面で興味がありました。記念館の展示でなるほどと思いました。写真を全く撮っていないので説明だけなんですが、ケーブルで吊った桟橋で潮位に合わせてやってたのですね。ほかにも横揺れを防ぐ方法とか、いや~職人の世界ですね。
船内の操舵室や無線室にある各種機器は実際に働かすことは出来ないものの(当然ですが)、ランプ等は実際に点灯しており臨場感たっぷりでした。無線室内でモールスにて卑猥な単語をひたすら発信し続ける友人氏(30代)をみながら、当時に思いを馳せました。
ほかにも青函連絡船の歴史についても多くのスペースが割かれており、かつてのポスターなども展示されていたのですが、なかでも一つのポスターのコピーにちょっと感動してしまったのでここに転記しちゃいます。
波が、手を振っているようです。
4時間の船旅の間に、
幾千、幾万もの波が手を降りながら
遠ざかっていくようです。
80年間、青函連絡船を見守ってくれた
津軽海峡、ありがとう。
そして、数え切れない思い出をくれた
連絡船に、ありがとう。
この春からは、青函トンネルで
北の大地へ向かいます。
ありがとう、青函連絡船。[当時のJR東日本の広告より]
この文章を書いたコピーライターさん、いい仕事してるぜ! 青函連絡船のドラマを感じました。
しかし当時のビデオに出てくる、連絡船を泣きながら惜しむ人たちの殆どが鉄道マニアおぼしきメガネ君(今風に言うとアキバ系!?)ばかりだったのは見なかったことにしておこう…。
五稜郭自体は公園としてその形が残っているだけで、かつての要塞を思わせる建物はありませんでした。展望台には五稜郭の歴史に関する展示があり、外の景色を見ながらその展示を見て回ることが出来ますが、展望台から見える函館空港に全く飛行機が離発着しないので、「ヒマな空港だな~」と友人氏は言っていました。確かにあれだけ飛行機が来ないのも、誘導灯の電気代が無駄なだけな気がします…。
天気は曇りで眺めはあまり良くなく、昨夜行った函館山の頂上は雲がかかって見えませんでした。今日登っていたら何も見えなかったですね。
五稜郭タワーがけっこうあっけなく終わったので時間が余ってしまい、Wiki の議論でお蔵入りとなった函館本線森駅にある阿部商店のいかめし買いに行けるんじゃないと言うことになり、借りたレンタカーで行くことになりました。ついでに北海道の自動車道路の快適さも体験出来ればと。片道で 30km くらいあるので、時間が足らなくなりそうだったら途中で引き返すという条件付きですが。
結局北海道の道はスピードを出しやすいのが証明され、かなり早く森駅に到着することが出来たのですが、肝心のいかめしは売り切れ…。取り扱いがある近くのコンビニにも行ったのですがそこもダメでした。残念ですが、北海道物産展で買いましょう…。
失意の元にレンタカーを返却し、帰りの便が飛ぶ函館空港に向かいました。空港内の食堂で食事をしつつ最後のサッポロクラシックを堪能し、搭乗手続きを終えてスポットで登場案内の放送を最近買ったどうぶつの森をしながら待っていると、エンジンに問題が見つかったことによる点検整備のために搭乗が遅れるとの放送が。その後断続的に、今整備員が懸命の対応を行っておりますので今しばらくお待ち下さいとの放送が何回か放送され、我慢の限界に来つつあったころに突然欠航の知らせ。ぎゃぼー。
搭乗予定の JAL 便は函館空港から東京へ行ける最後の便だったため、他社便で帰ることも出来ません。この時点で2泊3日が3泊4日の旅行になることが確定。うれしいやら悲しいやら。会社で変人扱いされているとある人が意味もなく騒ぐことが容易に想像出来たため、憂鬱に思いながらもなるべくソフトランディング(飛行機のではなく)すべくメールを入れておきます。後はもう知らん。時間も遅いので会社には明日連絡しましょう。さぁ問題は今夜何処で寝るかです。
空港から宿までの交通費、宿泊費および食事代は JAL から支給されるとのことですが、函館空港界隈は温泉宿しかないにも関わらず、宿泊費の上限が¥7,500 とはどういうことよ!? と半分切れつつ、レンタカーの車窓から大阪や神戸出張でよくお世話になったビジネスホテルチェーンの看板を函館駅前で見たのを思い出し、電話帳で電話番号を調べて即予約。我ながら素早いトラブル対応。
欠航手続きのためにカウンターに並ぶお客は満席の飛行機1機分にもかかわらず、遅々としてカウンター側の対応が進まないので、業を煮やしたお客が徐々に切れ始めてカウンタは殺伐とした雰囲気に。騒ぎを警戒してか、いつのまにか警察官が2名ほど来ていました。そしてその後「明日の始発便の搭乗は保証しますので、本日は取り敢えずお帰り下さい」とのハンドマイクによる放送が。友人 M 氏が電話で予約専用ダイヤルに電話して事情を説明した上で席を取って置いてくれたので、そのままもめ続けても疲れるだけですし、その日は取り敢えず空港を後にすることにしました。
タクシーで 20 分ほどの函館駅前のビジネスホテルに到着し、とりあえず落ち着きました。そのホテルチェーンは値段の割にサービスが充実しており、急成長しているところです。今回泊まった函館駅前の店舗は、ビジネスホテルにも関わらず天然温泉の共同浴場があるというナイスな店舗でした。他にも枕の堅さを好きなものに選べるというサービスもありました。たまたまとはいえ、いいホテルを選択出来て良かったです。
服が足りなくなるのでホテル内のランドリーで洗濯をしつつ風呂に入り、その後は近くのコンビニでお酒を仕入れて客室内でやはり反省会と称する飲み会が始まりました。サッポロクラシックは夕食時に空港食堂内で呑んだのが最後の別れかと思いましたが、再び飲めるとは思っていませんでした…。ラッキー!?
昨夜ホテルを予約するときに函館空港から近い湯の川温泉周辺の旅館にせず、わざわざちょっと距離のある函館駅前のビジネスホテルにしたのには、一つ作戦があったからです。函館駅前のホテルの近くには昨日海鮮丼を食べた函館朝市があります。そう!もういちど海鮮丼をリベンジで頂き、あわよくばその代金は JAL 持ちにしてしまえ!! というものです。さあ、具材でご飯が隠れて見えない海鮮丼を探せ!!
前述の通り、食堂単体としてやっているところでなく卸問屋が直営している食堂の方がコスト的に有利で、同じ値段で具材もたんまり載っているに違いないという教訓を得ています。よって朝市の中でそのような店を探して入り、注文しました。そして来たものは…どうです!! 具でご飯が隠れて見えない夢の海鮮丼です!!完璧です!!
気を良くして、新鮮なイカ刺しまで頼んじゃいました。朝食にも関わらず、合計¥4,000 近い領収書になってしまい、果たしてこれが朝食代として JAL が認めてくれるかどうか微妙でしたが、ダメだったらそれはそれでイイヤということで。
その後 JAL のカウンターに赴き、昨夜欠航になったものであることを告げて夕食・宿泊費・交通費および朝食の領収書一式を渡しました。夕食代は欠航が決まる前に空港内食堂で食べたサッポロクラシック入りのレシートをそのまま渡したんですが、はたしてこんなふざけた領収書が認められるのか!?…認められちゃいました。。可否の判断はカウンターの後ろにいた出納係と思われる人が一手におこなっているようでしたが、何も言われずにそのまま満額お金が返ってきました。ラッキー!! おそらくホテル代が激安だったために認められたのかなと。上限の ¥7,500 を大きく下回っていましたからね。
昨夜はゴネたら湯の川温泉周辺の一万数千円の宿に泊まることが出来たのかも知れず、実際そういう人もいたようですが、そうなっても時間が遅かったので夕食はまともに食べられなかったでしょうし、朝食は所詮バイキング式でしょうし、結果的に駅前激安ビジネスホテル+函館朝市朝食の選択は正解だったと思います。
突然一日延長になった北海道旅行でしたが、余市・小樽・札幌・函館の場所も全然異なる4都市をこれだけの日数でそこそこの満足度で回れたのですがら、旅行としては成功だったと思います。次回は道東に行きたいですね。
左の写真は帰るときのターミナルから見た、昨夜トラブった機体ですが、いまだにエンジンのボンネット(?)を空けていました。航空会社の責任で欠航になり、かつ宿泊代金が支給されるケースは非常にまれだと思うので、ラッキーだったのかと。でも二度とこんな目には遭いたくないですねー。
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