吹替と字幕について

字幕&吹替についてみなさんはどのような御意見をお持ちでしょうか。一般的には「字幕がいい」という考えが普及していますが、結論から言うと私は吹替派です(だからといって字幕否定派ではないですよ)。

どちらかと言われれば吹き替えかなぁ

 この前友人と飲んだときにこの話題になったのですが、字幕&吹替についてみなさんはどのような御意見をお持ちでしょうか。一般的には「字幕がいい」という考えが普及していますが、結論から言うと私は吹替派です(だからといって字幕否定派ではないですよ)。

映画なんてやっぱり妄想なんで

 日本人が洋画、特に娯楽作品(アカデミー系)に求めるものは「夢」だと思います。リアリティを追求するフランス映画(カンヌ・ベネチア系)が日本ではあまり受け入れられないのが最もそれを示していると思います。

 「夢」は現実には存在しないものですから何でもアリで、極上の「夢」つまり映画を作り上げるためにはいろんな嘘をつきます。SF映画・ファンタジー映画に出てくる技術の粋を集めた宇宙船も嘘ですし、ドラゴンのような想像から生まれた仮想の生き物も嘘です。しかしどんな「嘘」であってもその「夢」を作り上げるための手段として必要であれば喜んで取り入れられるのが映画という表現手法なのです。

 よって映画の登場人物も全部嘘ということになります。俳優は日常生活ではクサい決めセリフなんか言いませんし、44口径の銃を片手でいとも簡単に撃ったりもしません。しかしその映画を作り上げるためにはその嘘のキャラクターが必要とされているのですから、その嘘に文句を付けるような人は当然いません。

声も妄想のうちの一つだ

 そして「声」も外見・行動と同様にキャラクターを形成する要素として位置づけるべきものです。ブルース・ウィリス、アーノルド・シュワルツェネガーなど見かけはヒーローを演じるに相応しいですが、声がいまいちイメージとかけ離れてるな~と思ったことはありませんか?「映画はどんな嘘もアリ!」ということなので俳優の声を他人のと置き換えたとしてもそれがキャラクターを作り上げるためなら何の問題もありません。吹き替えというのはその字面から代用品みたいなイメージがあるせいか低く評価されがちですが、りっぱなキャスティングなのです。ですから吹替えを施したキャラクターたちは容姿・声ともに完璧です、よりイメージの良くなったキャラクターたちはより素晴らしい夢を私たちに観せてくれるに違いありません。

 しかし反対にそれでは字幕を否定しているようですが、セリフが面白い映画は吹替より字幕の方がセリフに集中できますし、ディズニー映画などのミュージカル部分をそのまま日本語で吹き替えるとどうしてもマヌケになりがちなので、字幕表示で歌には手を付けずにそのまま残すべきでしょう。要は使い分けですね。もっと「夢」を楽しむためにも、字幕だけでなく吹替も評価しようじゃありませんか!

 結局無難な結論に落ち着いちゃうのね…

 あ、あと吹替か字幕かを選択するとき、作品を鑑賞するにはどちらがよりベストかというアプローチ以外にも、他のことをしながら映画が見たいとき(自分は良くBGMにDVD流したりするので)、吹き替えだと画面見なくてもある程度理解出来るという利点も…ってそりゃ考え方としておかしい!?


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January 10, 2004